街とその不確かな壁のアイキャッチ画像
純文学

洗練されたおしゃれな鈍器。『街とその不確かな壁』村上春樹

 京極夏彦さんの小説を、ファンたちが「レンガ本」、「鈍器」と読んでいるが、作者は違うが本書もそうなのではないか。真っ黒なカバーに白いタイトル、金色の箔押しでイラストが添えられている。上品で、洗練されていて、超おしゃれな鈍器である。銀座の一角にモチーフとして展示されていそうだ(勝手なイメージ)。

 全然余談なのだが、私には0歳の甥っ子がいてたまに抱かせてもらう時がある。スーパーで買う米ぐらい重い甥っ子を抱くと、翌日筋肉痛になる。そんな私がこの本を持ちながら読んでいると、なんだか重たいなと思うので、「鈍器」と呼んでいいと思います。

 本書では、このサイトで普段取り上げているようなミステリー的惨殺事件は起きない。物語は静かに進んでいく。

 十七歳の少年は作文コンクールで知り合った十六歳の少女を好きになる。その少女と文通をかわし、高校生らしいデートを重ねていた。二人はよく空想の話をしていた。

 ここにいる彼女は本物の自分ではなく「影」であり、本物の自分はずっと遠くにある壁に囲まれた街で暮らしている。そして、彼女は学生ではなく、図書館に勤めているのだ。その街での少年は図書館で「夢読み」という職についている。そのような空想の話を二人はよくしていた。

 しかし、ある日少年の元に届いた長い手紙を最後に、彼女はいなくなってしまう。主人公は彼女が忘れられないまま、都内の私立大学へ進学し、その後書籍の取次会社へ就職する。

 少年時代と大人になってからの人生の二つを軸として描かれている。私の個人的感想だが、物語の中心に図書館があるように感じられた。主人公は書籍の取次会社を辞めた後、地方の町にある図書館に勤めることになるのだが、この図書館がなんとも良い味を出しているのだ。

 古い酒造会社を改造して造られた図書館で、地下には薪ストーブのある部屋がある。その部屋で、近所で買ってきたブルーベリーマフィンを紅茶と共に食べるシーンがある。幸せの象徴のようなそのシーンは、読み終わった後もずっと心に残っている。主人公はこの図書館の鍵を持っているため、深夜でも出入りすることができる。私も眠れない夜は、この図書館の地下室にこもって、読書したい。

 また、物語前半部分に記載がある、少女がひたすら無言でてくてくと歩いていき、少年がその後を追いかけるシーンも印象的だ。ページ数的にはそんなに長くないシーンなのだが、同じような描写を他の村上作品でも読んだ気がする。『ノルウェイの森』だったっけ。あの小説でも、主人公の好きな女の子がいなくなってしまうよね。「初恋は叶わない」の象徴のような作品だったと思う(十年以上前に読んだのでうろ覚えだ。本を読みすぎて、少し前に読んだ本の内容でもすぐに忘れてしまう)。

 本書も他の村上春樹作品と同じように、とても読みやすい文章で書かれている。読んでいるという行為が、何かのセラピーを受けているような、リラクゼーション効果があるような、そんな文章だ。たとえば、契約書に書かれている文章って読むとものすごく疲れるんだけど、この小説の文章は600ページ超えだが、全然疲れなかった。なんでだろう。 イラストでは、印象的なシーンを描いた。本書の装丁はこのイラストの何倍も素敵なので、ぜひお手に取ってご覧いただきたい。

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