登場人物全員救われているのでは?柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』
※この本では人は死にません。
本書はスカッと系の短編小説集だが、よくあるスカッと系小説とは一味違う。スカッと系の小説って、加害者がいて被害者やその仲間たちで成敗するというストーリーが多い。しかしこの小説では、加害者までも救われるのだ。
「めんや 評論家おことわり」では、ラーメン評論家である佐橋ラー油から被害を受けた人たちが結託して彼に復讐しようとする。このラー油氏は、ラーメンの評論だけしておけばいいものを、そこで働く店員や客にイチャモンをつけてネットでさらし、その人たちの人生をめちゃくちゃにしていることに気づいてすらいない。現実にもこういう人いそう。その結果、ネットで炎上し周囲から嫌われ仕事が減る始末。自業自得だ。
そんなラー油氏は、「のぞみ」というラーメン屋のラーメンが食べたくて仕方がない。出禁になるような記事を書いてしまったため、店に入れずにいる。謝罪をして入店できるようになったはいいものの、店の雰囲気がなんだかおかしい。そこにはラー油氏のせいで人生を狂わされた人たちが勢揃いしていた。
復讐のために結託した人々のアベンジャーズ感がすさまじかった。この日のためにみんなラーメンを通して強く生きることを誓い、ラーメンに関する仕事で地位を築いてきたのだ。ラー油氏が「お前らみんな暇かよ」と言うほどの結託っぷり。少年漫画の最終回のような展開だった。
私は柚木先生の小説を読むのは今作が初めてだった。読もうと思ったきっかけは、たまたまネットで見かけた東村アキコ先生の小説紹介漫画だった。私は東村アキコ先生の漫画が大好きで、特に『かくかくしかじか』は人生のバイブルである。先生自身の美大受験から美大生活、漫画家になるまでの人生を綴った漫画で、絵を描く人間としてかなりくるものがある。『かくかくしかじか』は絵を描く人の心の書ではないか。『雪花の虎』や『東京タラレバ娘』、連載中の『まるさんかくしかく』も大好きだ。『東京タラレバ娘 リターンズ』の、少年が「図書館に並ぶ本が書きたい」と夢を語るシーンは傑作だと思う。
とまあ、そんな大好きな東村アキコ先生が面白いって言っているぐらいだから、面白いんだろうなと思い、購入した。柚木先生は出版社でラーメンを麺から作って振る舞ったそう。すごい先生だな。だからあんなにラーメンの描写がリアルだったんだ。
他には「パティオ8」がお気に入り。中庭のある賃貸マンションでは、母親達が交代で自分の子供を遊ばせている。コロナ禍のため、学校は休校。感染予防対策で公園にも遊びに行けず、体力を持て余している子供たちの唯一の遊び場が中庭だった。
そこに、リモート会議中の子なし男が、子供の声がうるさいと苦情を言いにくる。「あなた達が育児の片手間でやっている仕事とは違うんですよ」というセリフが最高にムカついた。そもそも中庭で子供を遊ばせることができるという契約で、この賃貸住宅に住んでいる人が多いのだ。その条件を破る人物を排除すれば良いのでは?
しかし、母親たちは結束して男の取引先を奪うことを考える。男はカラオケ用のマイクを売る仕事をしている。もっと良いマイクがあるから、自分たちで営業をかけて客を奪えばいいのだ。こういう時の女性たちの結束の強いこと。私も女性のコミュニティに属しているからわかるが、彼女たちってチームプレーが得意だよね。特に共通の敵を見つけた時の結束力はすさまじい。「女の友情、ハムより薄い」って言葉があるけど、時に女の友情というか、執念は噛みきれないステーキより分厚い。岩って感じ。
カラオケ用マイクの営業のために、夜中に中庭でミーシャ歌っているシーンには笑った。歌っている人、相当気持ちいいだろうな。
結果、男の取引先を奪うことに成功。なのに男はどこかほっとしている。きっと上司から無理な営業を強いられていたんだろうな。
「スター誕生」に登場するMCワンオペは、迷惑なYouTuberに子供の動画を撮られるのを嫌がっている様子を動画に撮られ、一躍時の人となる。MCワンオペってネーミングセンスに笑った。柚木先生は時代の流れを汲み取るのうますぎる。ネットで動画を拡散されてしまったMCワンオペは、保育園を追われ、職場の異動も強いられる。いつも生活が困窮されるまで追い詰められるのって、弱者や被害者なんだよね。ただでさえ、MCワンオペは困窮しているのに、さらに苦しい思いをさせられている。そんなふうに弱者を追い詰めた加害者を救おうとする柚木先生、聖者かなにか?
今作は直木賞候補に選ばれているそう。柚木先生の他の作品も読みたくなった。そういえば、『ついでにジェントルメン』、気になっているんだよな。これから読もうかな。