騎士団長殺しが描かれた日本画を見てみたい。『騎士団長殺し』村上春樹
物騒なタイトルだな。これが、私が抱いた最初の印象だ。主人公がファンタジー世界に迷い込んで、RPGに出てくるような騎士団長を勇者の剣で刺し殺すのだろうか。
まぁ、ある意味合っていたんだけど。このファンタジー世界、村上春樹が描く幻想的な世界だった。この小説を読んで、普段RPG的世界を書かないような色んなジャンルの作家に、「あなたの世界観でRPGを書いてください」とお願いしたくなった(そんな権限を持っている編集者がいたら、ぜひお願いしたい。純文学作家、ミステリー作家、直木賞作家など、様々なジャンルの小説家のRPGを読んでみたい。例えば、私の好きな小説家である綿矢りさだったらどんなRPGを書くんだろうとか、妄想するだけで楽しい)。
本書の話に戻る。主人公は画家の男性で、妻と離婚して山奥にある静かな一軒家へ移り住む。この一軒家がなかなか素敵だ。元々日本画の巨匠が住んでいたので、自然に囲まれており、アトリエがあって、元の居住者が聴いていた古いレコードまで置いてある。おまけにご近所付き合いができるほど、近くに隣人が住んでいないため、クリエイティブな仕事をするにはもってこいの環境だ。
夜は虫の鳴き声を聞きながら眠りにつく。私の不眠症もここに住んだら一週間で治りそう。
ある日、主人公は屋根裏から一枚の日本画を発見する。「日本画家が住んでいた家の屋根裏」っていうキーワードだけで、わくわくする。その絵には、飛鳥時代の服装をした人たちが描かれていた。この絵のタイトルが「騎士団長殺し」というのだが、「日本の飛鳥時代なのに騎士団長?」と読者と同じように主人公も当惑する。
この奇妙だが、さすが巨匠の作品! と見た者を唸らせるほどの出来栄えの絵を見つけた日を境に、徐々に主人公の身の回りで不思議な出来事が起こり始める。
この本の中で特に好きなキャラクターは「顔なが」だ。「騎士団長殺し」の絵画の中に描かれている人物なのだが、彼は地面にある四角い穴から顔だけ出して殺しの現場を目撃している。シリアスなシーンが描かれている中で、ここだけコメディ要素があって面白い。
この本を読んだ後に、誰かこの絵画を描いている人はいないかと、インターネットで検索してみたら割といて、嬉しかった。飛鳥時代といわれても、聖徳太子しか思いつかない私にとってありがたいイラストだ。
「顔なが」の他にも、免色(めんしき)さんやまりえちゃんといった、個性的なキャラクターが登場する。免色さんは主人公とは正反対の超金持ちのミステリアスなイケおじで、近くの豪邸に住んでいる。近くといっても徒歩で来られるような距離ではないため、銀色のジャガーに乗って主人公の家までやってくるのだ。そんな派手な外見をしている彼だが、自分のことをあまり語らない。主人公は彼のことを知るために、愛人の主婦に尋ねる。彼女は「ジャングル通信」(主婦同士の噂話で、近所に住んでいる人たちの色んなことを聞ける。女性なら誰しも経験があると思う)を駆使し、免色さんについての情報を主人公に話すのだ。
この「ジャングル通信」、村上春樹作品で読めるとは思わなかった。というのも、私の勝手な印象だが、村上さんの作品に出てくる女性って、ミステリアスで、なんだかかっこよくて、「男性の思い描く美しい女性」が多い気がしていたから。主婦同士の噂話のような庶民的な描写があるのが新鮮だった。それとも、私が多くの村上作品を読んだのが十年以上前のため、そんな描写があっても忘れているだけかもしれない。
一方、まりえちゃんは中学生の少女で、口数が少ないが、主人公が相手だと自分のことを話すような子だ。村上作品によく出てくるタイプの少女だ。まりえの母親はすでに亡くなっており、父親と叔母の三人で暮らしている。父親は仕事で家にいないことが多く、叔母と過ごすことが多い。もしかしたら、父親と会えない寂しさを、主人公と触れ合うことで埋めているのかもしれない。
でも、多感な思春期の女の子がおじさんに対して、自分の胸の話なんてしないよなと思ってしまった。物語の進行上、そういう描写が必要だったのかもしれないけれど。
この全く違うコミュニティに属している三人、主人公、免色さん、まりえちゃんがどう関係性を持っていくのか気になる方、ぜひ本書を手に取っていただきたい。もちろん、「顔なが」が気になるという方も、本書を読んでみてほしい。ハードカバーだと二巻に分かれた長編ですが、1Q84よりは短いです。ちなみに、文庫は上下巻にわかれており、合計4冊です。