狂気と才能は紙一重。芸術家の才能が羨ましい。湊かなえ『人間標本』
いやミスの女王で有名な湊かなえさんの作品。「正義は必ず勝つ」系の少年漫画ばかり読んでいる私にとって、心をえぐられる小説が多い作者さん。絶対面白いということはわかっているのに、読後感がえぐいので頻繁には読まない。
本書に登場する人物たちは、芸術家とその卵たちだ。登場するアーティストそれぞれ違った個性で作品を作っていて、実際に展覧会などがあったら観に行きたいぐらい。同じモチーフで作品を作らせても、ひとりひとり違った作風でまったく違う絵画ができあがるんだろうなと、読み取れるぐらい人物描写が豊かだった。
主人公の榊史朗は幼い頃、蝶に魅せられ、大人になってからは蝶の研究をして生業を営んでいる。その息子イタルは、祖父の血を受け継いだのか、絵画を描く才能があった。芸術家の集まる合宿に参加するのだが、そこで殺人事件が起こって……。
蝶の標本に魅せられた芸術家が、人間を標本にしてしまうという物語。ご丁寧に、単行本の冒頭数ページに作品の写真も付けられている。この写真は石膏像に彫刻を施したかのような美しさで、美術館に飾ってありそうな雰囲気だった。でも内容はタイトルからしてグロいので、苦手な方は読むのやめておいたほうがいいです。
蝶といえば、教科書に載っていたヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』を彷彿とさせる。あれもトラウマ物語だった。蝶の標本に魅せられた少年が、友達から蝶を盗んで死骸をポケットに入れて逃走したら、蝶がポケットの中でボロボロになっていたという話だったけ?
今作の『人間標本』で、さらに蝶のトラウマが増した。
よかった点といえば、読んでいて、単行本の紙質がよかった。ページをめくるのがスムーズで、紙一枚が厚くて、ここに鉛筆を走らせたら描き心地がよさそうだなと思いながら読んでいた。少し上質な、ラフ用のスケッチブックのような紙質だった。
絵を描く人がたくさん登場する本書。私も美術系の学校を出ているので、登場人物たちの葛藤がよくわかった。
絵が上手い人って一筋縄じゃいかない、少し変わった人が多い。感性が独特だったり、人と違う視点でものごとをとらえていたり。それをそのまま作品に投影するのって難しい。技術が必要で、自分が思い描いているとおりに投影できるときって少ない。だから、何度も同じモチーフやテーマで描き直して、やっと何回目かで「これが私が描きたかった絵だ」という作品ができたりする。そのときの快感は忘れられない。読んでいてそんなことを思い出した。
現実の絵描きさんで上手い人って、やっぱり少し変わっている人が多い。羨ましい反面、変わっているがゆえに生きづらそうだなとも感じる。本書の登場人物たちもそんな葛藤があったんだろうなと思った。
ミステリーとしても、もちろん面白かった。最後までだまされました。